My Story

 

 

OL時代の私は
その過酷な職場環境と不本意な仕事内容について
常にストレスを抱えていました。
慢性的な胃腸障害と睡眠不足。
自宅と職場を往復するだけで精一杯の日々でした。
逃げ出すように結婚。

 

しかし、現実は甘くなかった。
一緒に居たくて結婚したはずの夫は
連日の残業と長期出張とでほとんど家にいることはありませんでした。
幸せなはずの結婚生活は孤独との戦いでした。

 

それから程なくして子宝に恵まれました。
元気な男の子はよく動き、四六時中おっぱいを欲しがって泣く。
夜中でも疲れていてもお構いなし。

 

自分の身体から出てきた生き物が
私の意思とは無関係にいろんな要求をつきつけてくるのです。

育児を楽しむ余裕はおろか、家事も満足にこなせず

毎日追いつめられていました。
ママ友とはあたりさわりのないことしか話せず

日々のストレスは溜まる一方でした。

 

思うようにならない歯がゆさ、
解決法は自分で何とかするしかないと自分を追い詰め、
泣き叫ぶ我が子の口を塞ぎ、自分も死のうかと思ったこともありました。

 

「産後うつ」とか「育児ノイローゼ」などという言葉も知らないまま、

一人悩み苦しんでいました。

 

追い打ちをかけるように、夫の単身赴任。
病んだ妻と乳飲み子は妻の実家から便の良いマンションに転居。

便が良いと言っても、実家に近いわけではなく、今考えれば冒険でした。

 

母親である私と一心同体の我が子は私の影響を一身に受けたせいか、

お話も良くできない頃からぜんそくの発作を起こすようになっていました。
真夜中の発作で救急病院に駆け付けたこともありました。
発熱、アレルギー性鼻炎、嘔吐や下痢など

季節の変わり目や事あるごとに体調を崩していました。

ただ、元気な時は明るい子だったのが救いでした。

 

そして、
どうにかやって来られたのは、緑豊かな環境。
ルーフバルコニーにいっぱいの四季折々の花々やハーブたち。
引きこもりがちだった私たち親子を救ってくれたのは、

紛れもなくあの植物たちだったと思います。

 

私が幼い頃同居していた祖父は

長い間半身マヒを患っていました。

しかし、その不自由な体で

毎年秋には庭いっぱいの菊の花を咲かせ、

家族や近所の人々の目を楽しませていました。

まさに「植物が人を癒す」その光景はごく自然に

幼い私の脳裏に焼き付いていたのでしょう。

 

少し広めのバルコニーに花々やハーブを並べたのは、

私の中のもう一人の私がそのことを教えてくれたからかもしれません。

 

息子の症状が落ち着いている時、夫の暮らすロシアに行ってみました。
日本より乾燥しているため、危うく気管支炎に罹りかけました。

 

すると知り合いのロシア人がお見舞いを持ってきてくれました。
大きな瓶に入った花の香りがするはちみつでした。

しかも、それを持って来てくれた彼の仕事は医師。

甘いものが大好きな子供には何よりの特効薬でした。

当時のロシア庶民には薬より自然療法が一般的でした。

 

そして、子供の看病でろくな物も食べていなかった私に

近くのインド人が自家製のカレーを持って来てくれました。

植物の実や種子でつくったスパイスたっぷりのカレーは

私を生き返らせてくれました。

 

 

「親は無くとも子は育つ」とはよく言ったもので、

こんな未熟な母親の下で息子はすくすくと成長しました。


小学生になる頃、夫の転勤に伴い、

今度は家族そろってベナムに行くことになりました。

 

東南アジアは多くの肥沃な大地を有しますが、

ベトナムも例外でなく、野菜や果物、穀物、海産物など

新鮮な食べ物に恵まれていました。
町には緑があふれ、治安もそこそこで安心して暮らせました。

 

ここで興味深かったのは、ビアガーデンでビールを飲みながら

あるハーブを食べると虫に刺されないという事。
決してうまいつまみにはならないハーブを食す理由を聞いて驚いたものでした。

 

豊富な種類の新鮮なハーブが一年中手に入るベトナムは

もともとハーブを育てていた私にとってまさに天国のようなところでした。
運よくベトナム料理のプロとの出会いがあり、

ベトナム家庭料理の手ほどきを受けました。

日本に帰国後、その経験を生かしたいと思い、カフェ経営を学んだり、

フードコーディネータースクールに通ったりしたものの、

どれもしっくりいきませんでした。

 

そんな中
ある料理の先生が私のハーブの知識を知って、

私を「ハーブの女王」と名付けました。

 

これだ!
私の中でなにかが目覚めた。

 

ハーブを美味しく食べるだけじゃなく、

どのハーブをどのように体に取り入れるか、

そしてそのハーブが体でどんな働きをするのかもっと知りたい!

 

そうして、ハーブティーをブレンドする学校、

ハーブの化学的成分や体内での働きを教えてくれる学校、

ハーブを栽培したり楽しんだりする学校を探して勉強し始めました。

 

いくつかの学校に通ううち、

植物の全般を扱う「フィトセラピー」に出会いました。


病んだ心を癒してくれたのも、

虫に刺されないように守ってくれたのも、

疲れた体に元気を取り戻せたのも、

生きる喜びを教えてくれたのも、

すべて植物のおかげだったのです

 

「こんなに素晴らしいことを今までどうして気づかなかったのだろう!」
 

もっと早く気づいていたら、あんなに苦しまないで済んだのに。
それにしても、ここまで私が生きて来られたのはいつも傍らに植物があったから。

 

じっと黙って私たち人間を支えてくれる

底知れない植物のチカラをもっとみんなに知ってもらいたい

 

誰にでも平等にチカラを貸してくれる

植物の恩恵をもっとたくさん取り入れて欲しい

 

私のように一人で苦しんでいる人の役に立ちたい

 

そう思い、フィトセラピスト、フィトセラピーインストラクター、

ハーバルセラピスト、アロマテラピーアドバイザー、

ハーブコーディネーター、野菜ソムリエなどの資格を取得。

 

その後、地球環境や防災効果の観点から

植樹活動を指導する植生工学士の資格を取得。

 

地元横浜市を主な活動拠点とした

任意団体「ハーバルフレンズクラブ」を2009年に発足。

子育て支援団体や生協などで講座を多数実施。


 その後カルチャースクール、自然治癒力学校にて

「植物療法」「代替療法」講座を担当。
現在に至る。

 

講座で出会った人たちはみな、

植物の本当の魅力を知ってとても喜んでくださいました。

しかし、その一方で画一的な情報だけだと個人差があるため

経験に基づいた判断の必要性を感じるようになりました。

 

そこで、構築したのが「ハーブセラピー」です。

私自身の撮り集めたハーブの写真でつくったオリジナルの
ハーブカードを使って、その人の無意識の部分を引き出す方法で

その人が本当に必要としているハーブを選んでいきながら、

ハーブティーをブレンドします。


ハーブがその人に伝えようとしているメッセージを読み解いていきます。
肉体的なこと、精神的なこと、人間関係、人生、価値観など

今その人に必要なメッセージを受け取ることができるのです。

 

もちろん、ブレンドにはハーブの持つ化学的作用や

人体に影響を与える植物化学成分の働きを加味し

十分にカウンセリングした上で判断します。 

 

 

常に植物と共にあってもココロやカラダの不調が

絶対にないという事はありません。

私自身、植物療法を実践しつつも、

様々な環境の変化や人との関わりによってストレスが溜まり、

アレルギーやアトピーを発症したこともありました。

 

しかし、植物療法は幅広く、様々なアプローチによって

その都度うまく切り抜けることができました。

医師や薬の助けが必要な事があっても、

最小限で済んでいます。

 

私たちは生きている以上、良い時も悪い時もあるもの。

その都度どうやって乗り越えていくか、

その人なりの方法でその時その時を過ごす、

そんな瞬間に寄り添ってくれる植物のちから。

 

 

お仕着せや商業主義でない、

その人の為だけにブレンドされたハーブティーは

癒しや気づきをもたらし、ふと気がつくと楽になっているのです。

 

 

私にとってはもはや生活の一部となったハーブをはじめとした植物たち。
これからのわたしのミッションは

植物のメッセージを出来るだけ多くの人にお伝えすることだと信じています。

 

                                    そがわ なおみ